作者が愛した美しい沖の百万坪を埋めたてた、その上に住みツクラレタ街並みを美しいと思い日々快適さや便利さを享受してきた私たちにできること
浦安人として必ず読んでおくべき本として、
長い間宿題になっていた本でした
想像以上にエロく生々しい箇所が多かったが、そこに描かれた人々は、どんなときもサバサバと明るく強く、また登場する作者自身の立ち位置も絶妙で、かつての浦安を知るという目的を置いても、読み物としてとても面白かった。
で、本題は最後の章。
30年後、再び沖の百万坪と呼ばれたこの地を訪れた作者が目にしたものとは、
これが広い荒地の中に、澄んだ水を湛えていた
あの一つ入だろうか
日本人は自分の手で国土をぶち壊し、汚職させ廃滅させて
(中略)
日本人とは昔からこういう民族だったのだ。
すべてが常に殆ど無計画であり、そのときばったりで、
木を伐り、山を崩し、堀を埋め、土地を荒廃させながら
今日までやってきたのである。
こんなにしてしまった国土を、
あとから来る若い世代の人たちに譲ることの恥ずかしさに、
深く頭を垂れるおもいだった。
山本周五郎がこう憂いた昭和30年代から今日まで 私たちは変われているのだろうか?
作者が愛した美しい沖の百万坪を埋めたてた、まさにその上に住み、 ツクラレタ街並みを美しいと思い、日々快適さや便利さを享受してきた私。深く頭を垂れるおもいで読み終えました■
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